日本の鍼灸

 大宝律令(701年)には唐の制度にならい、医博士・鍼博士・按摩博士と位階の上下が定められましたがこれはすぐなくなり、鍼博士だけが明治維新まで続きました。この時の鍼術の実態は、化膿瘡の膿を出すことなどが主体で、中国のやり方とよく似ていたそうです。

 明治維新で古いものはすべて破棄して欧米先進国の科学を導入して、西欧諸国に負けないようにしようという国の方針が徹底されたので、鍼灸は一時的に医療の表面から姿を消されました。そして、西洋医学を学んだ人だけが医師の資格を得られるようになり、鍼灸を行う人は医師の指示のもとにだけ治療を行うべきであると定められました。

 しかし医師の中にも鍼灸の研究をする人がいたのです。鍼の作用には神経刺激があることをはじめ、鍼灸については生理学的な研究が行われたり、内臓に疾患があるとそれに相当する一定の皮膚の領域に痛みが現れるヘッド帯との関係や、ツボの研究、痛みがある原因病巣から離れた部分で感じる関連痛についての研究自律神経との関係生体反応など、医学的な研究がされてきました。

 3000年の歴史のある鍼灸療法は、長い年月の間に中国においてはもとより、日本をはじめ東アジアの各地においてそれぞれ独立にあるいは互いに関係を保ちながら発展し体系づけられました。そして今では欧米各国でも関心が高くなり、世界的に盛んになった鍼灸医学ですが、先程述べましたように、日本では明治28年に医師志望の者は西洋医学を専門の学校において習得することが義務づけられ、鍼灸師志望の者は別の法律により一定の資格ある者に免許が与えられるということになり、昭和20年の敗戦後の占領軍の指令で鍼灸治療が禁止されそうになったりで、鍼灸が今日に至るまでの道のりはとても険しいものでした。

 中国では通年5年制の大学で、卒業者には中医師として医師と同じような診療行為の他、中医学の専門家としての資格が認められています。しかし日本の医師は、東洋医学に関する知識や技術は独学で学ぶ以外に方法がなく、鍼灸師は医学に関する知識をもっていても医師と同じような診療行為は認められていないのです。

 

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